"Content and Consciousness Revisited"というデネットに関する論文集を読んだり読まなかったりしている。Felipe De Brigardの"What Was I Thinking? Dennett’s Content and Consciousness and the Reality of Propositional Attitudes"を読んでいて、「民間…
長谷敏司の『BEATLESS』を人に勧めて感想を尋ねるという悪趣味なことをやっている。ラストシーンでは今まで知っていたレイシアと連続性がないことが明らかな、「カタチ」だけ同じな新しい機体に対して以前と同じ感情を持てるかということが問われている。主…
昨晩から頭が痛かったりする上に准教授が体調不良で休講になったりするので本日はお休みということにして午前中は延々寝たり、そのあとは延々アニメを見たりしていた。アニメを見てその感想をインターネットで検索するとアニメキャラクターに嫉妬していると…
ようやく"The Master Algorithm: How the Quest for the Ultimate Learning Machine Will Remake Our World"を読み終えた。最終章では機械学習、そして将来見つかる(と筆者は信じている)Master Algorithmによってどう社会が変わっていくか、そこで何をすべ…
"The Master Algorithm: How the Quest for the Ultimate Learning Machine Will Remake Our World"の第9章を読んだ。これまで登場した機械学習の手法が最適化手法、評価、表現(?)という三つの観点から整理されてそれらの統一が試みられている。問題とな…
昨日と今日で"The Master Algorithm: How the Quest for the Ultimate Learning Machine Will Remake Our World"の第7章と8章を読んでいる。7章ではアナロジーによる学習(サポートベクターマシンとか)、8章では強化学習について解説されていた。この辺…
"The Master Algorithm: How the Quest for the Ultimate Learning Machine Will Remake Our World"の第6章を読んだ。ベイズ推定を用いたあれこれが紹介されている。ベイズ推定はデネットが言及していたがよくわからなかったので読みたい部分であった。ベイ…
早稲田大学が実学を重視するという方針を打ち出したか何かの記事で「アカデミックな教育課程に偏りがちな大学を変革し、産業界が求める「即戦力」となる人材を育てるのが狙い。」という文を読んでなかなか名文だと思った。このような「実学」を「虚学」とい…
今日は"The Master Algorithm: How the Quest for the Ultimate Learning Machine Will Remake Our World"の第5章を読んだ。この章では遺伝的アルゴリズムを使った機械学習について解説されている。ボールドウィン効果が適応度の勾配を緩やかにすると言った…
今日は"The Master Algorithm: How the Quest for the Ultimate Learning Machine Will Remake Our World"の第4章を読んだ。コネクショニズム、つまりニューラルネットによる機械学習の歴史が概説されている。あまり細部には興味がないけどディープラーニン…
"The Master Algorithm: How the Quest for the Ultimate Learning Machine Will Remake Our World"の第3章を読んだ。ヒュームの帰納法批判の上で帰納的な「学習」を研究する意義とか、データを元に記号主義的な推論を形成する手法が書かれている。哲学をや…
"The Master Algorithm: How the Quest for the Ultimate Learning Machine Will Remake Our World"の第2章を読んだ。"The Master Algorithm"が実現するかどうかにはあまり哲学的な興味はないが、機械学習について"conceptual model"を作る必要があるという…
デネットは"physical stance""design stance""intentional stance"という三つの説明レベルを考えている。そしてセラーズによるとそれぞれの説明言語の対象を実在物と扱っていいようだ。それなら"philosophical stance"というものを想定して形而上学的な対象…
なぜ私たちの予想は当たるのだろう?ヒュームの懐疑論によって「これまでそうだったから次もそうなるだろう」という帰納的な予想はその根拠を失った。これまでそうだったからこれからそうなるという保証はどこにもないのに私たちはそのような形式の予想を行…
デネットが"From Bacteria to Bach and Bach"で参照されていたPedro Domingosの "The Master Algorithm: How the Quest for the Ultimate Learning Machine Will Remake Our World"を読んでいる。機械学習の導入本で様々なアプローチが紹介されているようだ…
セラーズ『経験論と心の哲学』を読み終わった。ロバート・ブランダムのコメンタリーを読み終えてこの本もようやく終わりかと思ったら訳者によるコメンタリーが始まったのでびっくりしたが、ブランダムのコメンタリーよりわかりやすかったので許した。訳者に…
セラーズ『経験論と心の哲学』のコメンタリーを読んでいる。デカルトが主張するような感覚の直接性、つまり「〜と見える」という文が誤ることが無いという性質についての解説が面白かった。残念ながら本編を読んでいても理解できなかったがコメンタリーを読…
セラーズの『経験論と心の哲学』をコメンタリーを除いて読み終わった。特に面白かったのが「所与の神話」を破壊するための神話と筆者が呼んでいる部分で、そこでは内的思考や感覚が観察可能な行動をモデル化したものと考えられる。まず第一に存在するのは他…
研究室でフッサールがどこに実在性を認めていたかの話をしていて、そういえばデネットは実在や実体というものをどう考えているのか気になった。"From Bacteria to Bach and Back"での記述によると"manifest image"という世界像上に現れてくるものが"ontology…
デネットがセラーズの"manifest image"という用語を連発するのでどんなもんかいなと研究室にあったセラーズの『経験論と心の哲学』を読んでいる。今のところよくわからないがとにかく分析哲学だなあという感じがする。聞きかじった知識によるとこの本は「赤…
デネットの"From Bacteria to Bach and Back"を読み終わった。過去の著作の内容を"manifest image"、パターン認識によるデジタル化、人間によるインテリジェント・デザインといった新しい用語で再構成しながら、機械学習などの最近のトピックも論じるという…
機械学習に基づいたGoogle翻訳は文を「理解」しているのだろうか。私たちは言葉の意味をアフォーダンス環境内で「有意味なもの」として身につけるが、AIが持つ語彙は事物と結びつけられないただの記号でしかないのではないか。しかしデネットの見解は異なる…
"From Bacteria to Bach and Back"の最終章"The Age of Post-Intelligent Design"を読んでいる。"The Age of Post-Intelligent Design"というのは、その動作の内容をすべて「理解」することのできないボトムアップ式のデザインを活用していく時代のことであ…
"From Bacteria to Bach and Back"第14章"Consciousness as an Evolved User-Illusion"を読んだ。概ね"Consciousness Explained"と同じ論旨だが説明の仕方がアップデートされているので面白い。特に興味深かったのが、自己の状態をコミュニケートするために…
アナログな外界の情報をデジタル化して情報量を減らすことで、先までの予測が可能となる。予想の精度と射程はトレードオフの関係にあるからだ。このデジタル化が他者に対して適用される時、"intentional stance"を見出すこととして機能するようである。 By o…
研究室の新歓飲み会で呑んだくれて諸頭痛の列がやってきたので早く寝たい。しかしちょっと書いておきたいことがある。今年から赴任された准教授氏にアメリカでのデネットの立ち位置やデネットで論文を書くことについて聞く機会があった。曰く、アメリカにお…
"From Bacteria to Bach and Back"の今日読んだ部分ではミームと意識の関係が論じられていた。「裸の脳」では意識的な思考ができず、OSに相当するミームに感染して初めて可能となる。 You can’t do much thinking with your bare brain, but armed with thes…
"From Bacteria to Bach and Back"の今日か昨日に読んだ部分では"intentional stance"を見出すことが「心の理論(theory of mind)」を持つことだと語られていて理解が深まった。ただしデネットは心の理論という用語はあまり良くないと考えているようである…
ミームがデジタル化という認識のプロセスを経て存在するのなら、それは"competence without comprehension"による文化の進化を成り立たせることにはならないのではないか。しかしパターン認識は対象を理解することを必要とはしない。つまり先の文での認識が…
"From Bacteria to Bach and Back"の今日読んだ部分ではミーム論への様々な批判を確認した上でそれへの返答が述べられたいた。その中でミーム論はラマルク主義なのではないかという批判があった。遺伝子のエピジェネティクス的な意味ではその批判は的外れな…