2017/6/22

デネットの"Real Patterns"の残っていた部分を読み終わった。パターンを全て物理的に説明するのではなく"intentional stance"を採用する理由やフォーダーやチャーチランドの立場を取らない理由が述べられている。特に確認したかったのが"intentional stance"を採用する理由である。

My point is that even if the evidence is substantial that the discernible pattern is produced by one process rather than another, it can be rational to ignore those differences and use the simplest pattern description (e.g., bar code) as one's way of organizing the data.

(Daniel C. Dennett "Real Patterns" The Journal of Philosophy, Vol. 88, No. 1. (Jan., 1991), pp. 27-51.)

"physical stance"ではなくノイズの多い高次のパターンを用いるのは、その方がプラグマティックに有用であるからである。そして"intentional stance"を使って他の行為者の振る舞いを予測する方が「賭けに勝つ」、つまり進化的に適応度が高いのである。あの長大な"Darwin's Dangerous Idea"を書いて進化論について議論したデネットであるから、こういった価値判断について適応度という考え方を持ち込んでいるのだと思う。しかしダーウィニズムというのは"design stance"上での説明だから、これをメタ的に用いるのはどうなのだろう……という疑問もないことはない。いや、ドーキンスが「安定なものの生存」といったりする時、ダーウィニズムは"physical stance"に適用されているのかもしれない。それだと"intentional stance"上でのダーウィニズムは成り立ちのだろうか。ミームとか?

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