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2017/5/12

少し前から気になっていることとして"manifest image"と"scientific image"をいかに区別するのかという問題がある。確かに明らかにどちらかに属しているとしか思えない言明は存在しているが、同時にどちらとも言えなさそうなものもある。例えば重力と言った言葉はわりと日常的に使うが科学の用語という感じもするだろう。このように"manifest image"と"scientific image"の間に厳密な線引きはできないのではないかと思う。科学というものが日常的な探求活動からミームの進化によって作り出されたとするなら、デネット得意のいわゆる漸進主義がここでも活用できそうだ。意識を持つ状態と意識を持たない状態が厳密に区別できないように、またある種族とそこから分化した種族の間にはっきりした線引きが存在しないように、日常的な言語活動と科学の言語活動が明確に分かれるわけではない。しかしそうなると"manifest image"上の感覚表象を"scientific image"常に探してしまうクオリア論のカテゴリー錯誤という議論はどうなるのだろう。明確な線引きができないわけだからそれぞれにカテゴリーという概念を持ち込むのは怪しい気がする。