2017/4/26

なぜ私たちの予想は当たるのだろう?ヒュームの懐疑論によって「これまでそうだったから次もそうなるだろう」という帰納的な予想はその根拠を失った。これまでそうだったからこれからそうなるという保証はどこにもないのに私たちはそのような形式の予想を行い、現在に至るまでそれは成功している。この予想という能力が進化によって身についたものだと考えるとひとつ仮説が生まれる。帰納的な推論を行う能力は、これまで自然は同じように動作してきたというそれだけの理由で進化し得る。つまり、これからも今までと同じように自然現象が進行するという保証がなくても帰納的な予想を立てる能力が進化してくることが可能なのだ。なぜなら、今まで自然が斉一的だったという理由だけで、斉一性を前提として予測する個体は生存することができるからである。私たちが帰納的に予測し推論するのは今までそれがうまくいってきて、その能力を持たせる遺伝子が受け継がれてきたからであって、それが今この瞬間行う推論の正当性を保証するわけではない。ただし私たちはただ遺伝子の指し示す通りに生きるのではなく、ミームに感染することで得られた言語的思考によってそれを修正することができる。それが例えば演繹的な推論だったり、反証主義全体論といった科学の方法論ということになるのだろう。