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2017/4/16

"From Bacteria to Bach and Back"第14章"Consciousness as an Evolved User-Illusion"を読んだ。概ね"Consciousness Explained"と同じ論旨だが説明の仕方がアップデートされているので面白い。特に興味深かったのが、自己の状態をコミュニケートするために必要だから意識はミームという形で現れて来るという点だった。

We need to keep track of not only which limbs are ours and what we’re doing with them but also which thoughts are ours and whether we should share them with others.

(Dennett, Daniel C. From Bacteria to Bach and Back: The Evolution of Minds (p.344). Penguin Books Ltd. Kindle 版. )

自身の思考を観察するためには"manifest image"内で見てとるほかない(つまりミーム化されざるをえない)のだが、そのことを裏打ちする論拠と言える。ん?"manifest image"として現れるものはすべてミームなのだろうか?もう少し考えてみる必要がありそうだ。

あとは「私」の"intensional stance"とあなたの"intensional stance"は、双方ともにユーザーイリュージョンとして見出されるものであり、要するにどちらもだいたい同じものだという点も面白かった。だからこそ私とあなたが共通の"manifest image"を持つことが可能となる。というより一人称と二人称は共通の"manifest image"上で展開されるものだということだろうか。"manifest image"を「持つ」というのがそもそも変で、「私」は"manifest image"上に「現れる」ものに過ぎない。"How did our manifest image become manifest to us?"というのはそういうことだという解釈でいいのだろうか。

章の後半ではお得のクオリア論批判が"manifest image"というツールによって新たに展開されている。曰く、クオリアは"manifest image"上のユーザーイリュージョンであり、それを"scientific image"上にあるものと取り違えるから話がややこしくなる。要はヒュームのいう因果律のように外界に投射されているクオリアが、脳神経などの"scientific image"上のものと同位の存在者だと考えられているのである。

ところで"manifest image"の上手い訳語はなものかとセラーズ関連の日本語の論文を見てみたが「明白なイメージ」と訳されているようだ。原語を知っているからわかるけどこれだけ見た人に伝わるのだろうか。かといって他の訳し方も思いつかないし……。