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2017/4/12

"From Bacteria to Bach and Back"の今日か昨日に読んだ部分では"intentional stance"を見出すことが「心の理論(theory of mind)」を持つことだと語られていて理解が深まった。ただしデネットは心の理論という用語はあまり良くないと考えているようである。

This competence is often called TOM (an acronym for theory of mind), which is an ill-chosen term because it invites us to imagine those having this competence as comprehending theoreticians, astute evidence gatherers and hypothesis considerers, instead of flying-by-the-seat-of-their-pants agent anticipators, blessed with an interpretive talent they don’t have to understand at all.(Dennett, Daniel C. From Bacteria to Bach and Back: The Evolution of Minds (p.259). )

他者の"intentional stance"はどこまでも自分が見いだすものである。それは他者が自分自身に見いだす"intentional stance"必ずしも同じものではない。このような"intentional stance"のズレを認識していない人はかなりいるのではないかと思う。そもそも"intentional stance"が見出されるものだという発想がなければ、自分が見出した"intentional stance"が他者のシステムを完全に記述するものだと思い込んでしまうことになる。簡単に言えば他者の内面は不可知だということだが、こういったギャップを知ることが本当の意味で他者を尊重することにつながるのではないかと思っている。