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2107/3/23

今日も『存在と時間』と"From Bacteria to Bach"を読んでいる。"From Bacteria to Bach"を読んでいて思ったことを書こうと思う。これまで何度かデネットが「理由」を私たちが見いだすものであると考えていると読解してきた。そうならば原因と結果のつながり、つまり因果律や自然法則も実在的なものではなく私たちの認識の形式ということになる。これはヒュームやカントの考え方でそれ自体新しいというわけではないが、デネットが"Elbow Room"という本で行っている決定論の批判に役立つ。その批判とは以下のようなものである。すなわち、私たちが決定論的な運命だと考えるものは私たちが世界に成り行きに対して持つ「予想」に過ぎず、そのような運命から離脱することは容易なのだ。なぜなら、私たちの予想はどこまで行っても完璧なものにはなりえないからである。これを読んだとき私はそれでも自然界が自然法則によって支配されているなら、私たちが認識できずとも運命は存在するのではないかと思った。しかし"From Bacteria to Bach"を読んだ感じとして、デネットはそもそも自然法則が私たちの認識上にしか存在しないと考えているようである。だから運命は最初から私たちの頭の中にしかないのだ。そしてそれは予想もしくは出来事に対して遡及的に構成される説明であり、世界の先行きを決定するものではない。