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2017/3/22

酉島伝法『皆勤の徒』を読み終えた。圧倒的に異質な世界を漢字とルビを様々に組み合わせた造語の濁流で表現していくSFで久しぶりに脳神経が焼かれる感じがした。異質さという点で円城塔の『Boy's Surface』を読んだ体験に似ているし、グロテスクさという点で吉村萬壱の小説を読んでいる時のような気分になる。巻末に付された大森望の解説を読むまで時系列や出来事の正確な意味がつかめなかったのが悔しいような気がする。

デネットの"From Bacteria to Bach"に理解(comprehension)と能力(competence)の関係について書かれている部分があった。曰く、完全な機械を作るためにその作り方を知っている必要はない。進化のプロセスは「理解」という現象なしに我々人間のような生物を作り上げるからだ。ダーウィンチューリングもそのようなことを主張しているのである。

Here is another reason (is it how come or what for?): Both Darwin and Turing claim to have discovered something truly unsettling to a human mind— competence without comprehension.(Dennett.D From Bacteria to Bach and Back: The Evolution of Minds 2017)

アルバイトで数学などを教えるとき、とにかく体系的な理解を優先してしまう傾向があった。しかし"competence without comprehension"が可能なら数学の体系を理解していなくても反復演習だけで問題は解けてしまうのだ。このあたり少し自身の考え方を反省する必要を感じた。