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2017/3/15

今日は『存在と時間』読解のノルマが夕方に終わったのでデネットの"From Bacteria to Bach"を読んでいた。『存在と時間』は方法論の話が始まったので昨日の分ほど面白くはない。ただ論点先取というか、前提から導かれたものがその前提を導出する循環を許容する考え方は面白い。「世界の中に存在する私」「私からしか見えない世界」という二つがすでにループ構造を持っている。ニーチェにとっては世界自体が無限にループする。このように哲学は循環に満ちているが、哲学の方法論そのものにこういったループを許容するのは珍しい気がする。

"From Bacteria to Bach"の読んだ箇所では「物理」「デザイン」「志向性」の三つのレベルを区別する考え方が出てきた。デザインはアリストテレスの四原因でいう「目的因」を持っている。無心論者デネットにとってのそれは当然神によるデザインではない。ならば存在するのは物理的な「アルゴリズム」だけであり、デザインやその目的因というのは「どこ」に存在するのだろうか。どうやらデネットは進化の産物を「リバースエンジニアリング」する私たちの頭の中にそれがあると考えているようだ。以下に該当部分を引いておく。

The chief difference between the reasons found by evolution and the reasons found by human designers is that the latter are typically (but not always) represented in the minds of the designers, whereas the reasons uncovered by natural selection are represented for the first time by those human investigators who succeed in reverse engineering Nature’s productions.(Dennett.D From Bacteria to Bach and Back: The Evolution of Minds 2017)